2009.01.14
大学資金運用とガバナンス危機【その⑥】 ~学校法人資産運用についての文部科学省通知(H21年1月6日)をふまえて~
大学資金運用とガバナンス危機梅本 洋一私論公論(高等教育情報センター)
◆法人資金運用の現状の再点検と、必要な規程の整備等とを促す文部科学省通知
昨年の9月以降、大学の資産運用における損失が相次いで発覚し、マスコミ等にも大きく取り上げられてしまったことは記憶に新しい。3月決算を控え、投資有価証券の時価評価や損失処理という、いわゆる水面下の決算対策を検討する学校法人も少なくないことが予想される。あまり、大きな評価損や損失を計上してしまうと、学生父兄やマスコミの評判を落とすことになりかねないことが危惧されるからである。
去る1月6日付で、文部科学省から各学校法人理事長に宛てた『学校法人における資産運用について』(以下、『通知』)が『学校法人の資産運用について』(以下、『意見』)と共に発せられることになった。『通知』の要旨は、「『意見』に書かれていることをよく読んで、資金運用の現状の再点検と、必要な規程の整備等を行いなさい」というものである。
しかしながら、『通知』と『意見』を読んで対応しただけでは、真に、学校法人に資する、意味のある資金運用の点検と規程等の整備等にまで到達できる学校法人は少ないと考える。むしろ、悪くすれば、『意見』で指摘されている事項の表面的な解釈と対処にとどまることで、運用担当者と理事(会)の間の資産運用管理に関するコミュニケーションが一層ぎくしゃくしたものになりかねないと考える。更に、これについての対処療法的な処置にとどまる限り、根本的な原因・問題は解決されずに残ったままで、いつかまた、資産運用で不測の損失を被ることを繰り返すと考えられる。なぜ、このようなことが危惧されるのか、その理由を以下に述べたい。
◆『意見』が指摘する内容とその解釈をめぐる危惧
『通知』の要旨が、「『意見』に書かれていることをよく読んで、資金運用の現状の再点検と、必要な規程の整備等を行いなさい」というものであることは先に述べた。問題は「『意見』を作成した学校法人運営調査委員会の意図ではなく、それを理事長はじめ役員、運用担当がどう読むか」という観点である。
例えば、一段落目には、「資産の効率的な運用を図ることが一般論としては求められるが、一方で・・・」とあるように、効率的な運用を図ることよりも「運用の安全性」を重視するよう注意喚起する意図であると、理事長はじめ役員、運用担当は解釈することになろう。
さらに、二段落目では、それぞれの投資メリットについても言及する慎重な言い回しではあるが、「デリバティブ取引」については「それ自体が投資目的としても利用され、少ない資金で多額の利益を得うる反面、多大の損失を被るリスクもあるとされる。」、「仕組み債」についても「一般にデリバティブが組み込まれた債券とされ、必ずしも元本保証のあるものではない。」などのネガティブな面を指摘している。これを読まれた理事長は、「デリバティブ取引」「仕組み債」の投資状況について確認・報告するよう指示を出すに違いない。また、運用担当者も投資する「デリバティブ
取引」「仕組み債」の状況を取りまとめて、どのように報告するべきか頭を悩ませるに違いない。
三段落目では、「元本が保証されない金融商品による資産運用については、その必要性やリスクを十分に考慮し、特に慎重に取り扱うべきである。」と続く。問題はここである。今まで「資産運用を“預貯金より有利な手段”程度にしか考えていなかった理事長をはじめ役員(会)が大半である。元本が保証されない金融商品による資産運用のそもそもの必要性について組織として十分議論することがなされておらず、それらのリスクについては真剣に検討もせず運用担当者に任せきりにしてきたという運用管理についての無関心、放任がこれまでの問題を招いてきたのである。
しかしながら、今までその必要性やリスクを十分に考慮したことのない、無関心、放任の理事長をはじめ役員(会)はこの『意見』をどのように解釈し、行動することが容易に想像できるだろうか?「元本が保証されない金融商品による資産運用」の圧縮や排除する行動をとるのではないだろうか? そうなってしまっては、その必要性やリスクを十分に考慮、議論するという管理者としての職分は欠如したまま、あるいは先送りされたままである。
『意見』の最後の段落では、「以上のように、公教育を担う学校法人の資産運用については、その安全性の確保に十分留意し、・・・・具体的には、・・・・・①安全性の重視など資産運用の基本方針、②理事会・理事長・担当理事・実務担当者などの資産運用関係者の権限と責任、③具体的な意思決定手の続き、④理事会等による運用状況のモニタリングなど執行管理の手続き、⑤教育研究活動の充実改善のための計画に照らした資産運用の期間及び成果の目標、⑥保有し得る有価証券や行い得る取引等の内容、⑦資産運用に係る限度額」とうの明確化を促す内容で締めくくられている。
すなわち、「『意見』では資産運用の安全性の重視を奨励している。デリバティブ取引、仕組み債、元本が保証されない金融商品はネガティブである。」と学校法人側で解釈する可能性が強い。そのような解釈に立って、『通知』で促している資産運用の再点検や規程等の整備が行われることが非常に危惧される。
◆学校法人資金運用の根本問題の解決、大転換の岐路
単なる危惧にすぎればよいのだが、例えば、『意見』の中で列挙されている「デリバティブ取引」「仕組み債」については、組織内での悪者探しに利用される恐れもある。そして、悪者一味さえ退治し、それらを制限・禁止したり運用執行や報告を厳しくしたりする規程等の整備が済んでしまえば、根本的な問題には触れられずにやりすごされる。そして、いつかまた、別の種類の資産運用で不測の損失を被ることを繰り返す。
よく考えていただきたい、過去にもアルゼンチン国債で損失を被り、多くの学校法人でも運用手続きや運用規程(格付けの低い債券等は買わない基準を含む)を整備した筈である。今回の「デリバティブ取引」「仕組み債」の問題で2度目である。3度目は許されないのである。
つまり、今回の『通知』と『意見』を踏まえ、法人が「デリバティブ取引」や「仕組み債」投資を排除あるいは制限するような対処療法的な点検と規程等の整備を行ったとしても、いずれ3度目は繰り返される可能性は高い。
何か根本的に資産運用管理の発想を変え、学校法人資産運用は大転換する必要に迫られていると考える。
「元本が保証されない金融商品による資産運用」であっても一律に否定されるべきものでなく、
例えば、私学共済で実施されているようなポートフォリオによる運用管理は、学校法人本体の資産運用管理においても、一定の規律・秩序のもとに、組織の中長期的な利益の追求する運用管理手法として有望である。
翻って、厳密にいえば、このような発想の転換ができない法人は、『意見』の解釈に基づき、“安全な”預貯金と国債で運用する以外に問題の再発を防止する術はないと言って過言ではない。
このような岐路に、今、学校法人資産運用は立っていると言える。
以上