2022.02.15
法人資産の運用を考える(40) 法人の資産運用を支えるロジック(2) 不可避であるリスクとリターンとのトレードオフ関係をどう考え、どう対処すべきか?
ショート連載コラム公益法人協会梅本 洋一
将来は何人にも判らないという大前提の元、
法人や基金の資産運用はリターンを求めつつ
同時にリスクを低減していかなくてはいけない
という意思決定から逃れることはできない。
1952年、米国のハリー・マーコビッツ博士は
「正しい分散投資」、「正しい理由」によるものでなくてはいけないと考えた。
リターンを生み出すような「正しい理由」による「正しいリスクの取り方」、
つまり、それまではリターン追及一辺倒だった他の考え方と異なり、
リスクにも焦点を当てた点が画期的なものだったのである。
彼の論文の趣旨はシンプルである。
投資について昔から言われてきた2つの通説、
- 虎穴に入らずんば虎子を得ず(リスクの無いところに、リターンは無い)
- 一つのカゴに全部の卵を入れるべからず(投資は分散すべし)
について、理論的(数学的・統計学的)に確認する道筋を示したに過ぎない。
それ以前の証券分析の所説・手法に従えば、最も期待リターンの高そうな
1つの銘柄に全額投資すべきという結論に導かれる。
しかしながら、そのような「賭け」を行うのは、狂人かギャンブラーだけである。
ほとんどの投資家は株式、債券、預金、不動産など複数の資産を保有するという現実がある。
殆どの投資家はリスク回避思考なのだ。
天井を突き抜けるようなリターンの可能性が有っても、全財産を「賭け」たりはしない。
目の飛び出るようなリターンの可能性を諦める代わりに、
本能的に、全体として平均的なリターンに甘んじることになっても、
財産を減らしてしまうリスクをなるべく低減する為に分散投資しているのである。
マーコビッツ氏はこのような投資家の意思決定の定石として、
「投資家は分散を図らねばならないのと同時に期待するリターンを最大化すべきである」と説いた。
つまり、
インプット(条件=リスク分散)とアウトプット(結果=期待リターン)の組合せを調べ尽くし、
そのなかで最小のインプットで最大のアウトプットを可能にする組合せ(効率的なポートフォリオ)を
みつけ、そしてある条件が増加または減少した場合に
どのようなトレードオフの関係が現れるかを調べる線形計画法の手法を
用いるというアイデアであった。
あとは、個々の証券すべてについて、
①期待リターン
②リスク(価格変動の大きさ)
③相関係数(たとえば、A証券とB証券の価格変動が連動するあるいは逆方向に動くなどの価格変動の相関性を数値化したもの)
のデータを揃える。
次に、全ての証券の組合せ(ポートフォリオ)について計算すれば、
一定のリターンあるいはリスクで最も効率的な証券の
組合せ(効率的なポートフォリオ)が導出できると唱えたのだった。
しかしながら、理論的にはそうかもしれないが、
将来の①②③について正確な予測値を設定することは、
今日においても不可能である
(実は、今日の基金ポートフォリオでも過去データ値やそれらを人為的に修正したコンセンサス値を仮定値として代用するのが関の山である)。
更に、全ての証券の組合せについての演算回数は、
たった50銘柄のポートフォリオでも1225回、
2000銘柄だと200万3000回にもおよぶ。
コンピューターが未発達の1950年代、60年代においては「机上の空論」に過ぎなかったともいえる。
それでも、
(1)投資リスクとリターンのトレードオフ関係
(2)分散投資と集中投資
(3)個々の証券のリスク・リターンでは無く、それらを組み合わせた時の価格変動相殺効果の重視=ポートフォリオ全体でのリスク・リターン効果の重視
という今日の基金運用においては常識・定石とされているアイデアと
それら実用への道筋を初めて理論的に示した彼の功績は計り知れない。
次回、「机上の空論」に過ぎなかった彼のアイデアが徐々に、
他の学者たちも巻き込み、実用化に向けて、肉付けされていった様子を紹介してゆきたい。
*本掲載は『証券投資の思想革命』(ピーター・バーンスタイン著)の内容を引用、意訳した内容が一部含まれます。