2022.05.19
基礎シリーズ 資産運用と投資アドバイスの「いろは」(7) 財団法人・学校法人にとって適切な運用目標と様々な運用手法との整合性①
基礎シリーズ梅本 亜南
はじめに
本コラム『基礎シリーズ 資産運用と投資アドバイスの「いろは」』は、弊社の若手アドバイザーが資産運用や投資アドバイス業務などについて、日常業務の中からの気づきについて書き留めたものです。基本的な内容のものが多いので、公益法人・学校法人の資産運用だけでなく、個人の資産運用の初心者にも、お気軽に読んでいただけると思います。
今回のテーマ
今回からの数回にわたって、「公益法人にとっての適切な運用目標と様々な運用手法」をテーマに扱っていきます。
- 公益法人にとっての適切な運用目標とはどのようなものか?
- 国債、定期預金による運用や、個別社債、個別株式等による運用など、公益法人を取り巻く様々な運用手法は、公益法人にとっての適切な運用目標と適合するのか?
これらの点について、具体的なケースも交えながら検討していきたいと思います。
初回の本稿では、公益法人にとっての適切な運用目標を、今一度整理・確認していきます。「現に運用しているのだから、運用の目標なんて今更」と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、適切な運用目標とはどんなものか、なぜ適切なのかを、背景から再確認・明確化することは、非常に意味のある作業だと考えます。その理由は大きく二点、①適切な運用目標を再確認することは、運用に対する観点、評価基準に共通の視座・判断基準をもたらす、②共通の視座、判断基準から、様々な運用手法を検討できるようになれば、運用の主たる目的である、運用実績獲得の確度を高め得る様々な示唆を得ることができるからです。
運用を見つめる上での視座・判断基準に、適切な運用目標という軸を取り入れることで、例えば、これまで「安全」、「常識的」と考えられてきたような運用手法が本当に「安全」、「常識的」なのかを判断できるようになるでしょう。また、財団法人・学校法人を取り巻く様々な金融プロダクト・手法を、適切に評価できるようにもなるはずです。
まとめ
公益法人にとっての適切な運用目標とは、以下の四点であると考えます。
1.安定的なインカム収益
公益法人は、事業運営を安定的に遂行するために、その原資としてのインカム収益を安定的に獲得していく必要があります。
2.長期的な元本の保全
公益法人は、インカム収益の源泉である運用元本を、回復困難な棄損に陥らせることを回避するのはもちろん、長期的な物価の上昇にも対応できるよう、長期的な元本の保全を図る必要があります。
3.価格変動リスクの管理
公益法人は、安定的なインカム収益と長期的な元本の保全を図りつつも、運用資産の価格変動を常識的・合理的に説明可能な範疇に留められるよう管理を行う必要があります。
4.法人組織内における運用管理についての情報共有
公益法人の運用においては、一貫性があり、一般的な人が説明・理解可能な管理が行われる必要があります。個人投資家と異なり、組織として運用を行う法人は、ガバナンスが利いた状態で運用を行わなくてはなりません。何世代にも渡る存続が求められる法人にとっては、運用管理を属人化させず、常にその内容について情報共有がなされているべきなのです。
公益法人にとっての適切な運用目標
安定的なインカム収益
公益法人にとっての適切な運用目標の一つ目は、安定的なインカム収益の獲得だと言えます。ごく当たり前の目標に聞こえますが、その背景から今一度確認していきましょう。当然ですが、公益法人は公益に資する事業を運営しており、その主たる原資は、財団法人であれば運用資産から払い出されるインカム収益か、資産の評価益を売却することによる売却益のどちらかでしょう。学校法人であれば、上記のほかに補助金や学納金、寄付金など、ある程度まとまった収入を期待できます。しかし、補助金は、何かの拍子に減額や不交付になるなど、国策の影響を大いに受ける部分ですし、学納金は、その時々の人気や流行の影響や日本の中長期的な少子化傾向の影響を受ける部分という意味で、あまり安定的であるとは言い切れません。以上を考慮すると、やはり、財団法人であれ学校法人であれ、独自で自立した収入源として、資産の運用による運用収益を確保していくことは、法人の独立性や存続自体に繋がる重要な論点であると考えられます。
では、何かしらの独自の収入源が必要な中で、公益法人が事業に充てる資金の源泉は、運用資産から払い出される利子・配当といったインカム収益とすればいいのでしょうか。それとも、資産の評価益を売却することによる売却益とすればいいのでしょうか。結論としては、前者のインカム収益を源泉とするべきでしょう。なぜなら、広く分散投資されたポートフォリオ運用から獲得できるインカム収益は、売却益よりも蓋然性・安定性・予見可能性に優れていると考えられるからです。世界中に分散投資をした上で、それらの市場(経済活動)から払い出される利子配当収益を源泉とするために、その収益獲得の蓋然性も高く、払い出される利子配当収益は市場平均値ですので、安定性の高さも見込めます。また、膨大な数の銘柄に分散投資するため、いくつかの銘柄の既存の可能性がある中でも、収益源である市場平均値は、比較的安定します。ですので、法人が収益を予算化する際の見通しも立てやすく、予見性に優れていると言えるのです。
対して、毎期の収支見通しをもとに予算化する際、売却益によるキャピタルゲインの見通しを立てることが困難であることは、容易に想像できるかと思います。運用のプロにすら予測困難な変動によって収益がぶれる可能性のあるキャピタルゲインは、予めの予算化はしづらいのが現実なのです。専門的な体制の構築が困難だという、一般的な法人の制約を踏まえても、資産の売却益によるキャピタルゲインではなく、幅広く分散されたポートフォリオ運用から払い出される安定的なインカム収益を源泉に、公益法人としての事業運営を遂行していくための独自の財源を確保していくことが、公益法人としての適切な運用目標であると言えるでしょう。
長期的な元本の保全
公益法人にとっての適切な運用目標の二つ目は、長期的な運用元本の保全であると言えるでしょう。なぜなら、法人の運用元本は、法人の経済的な価値であり、インカム(=公益事業予算)創出の原資だからです。元本を回復困難な棄損に陥らせてしまえば、その後の事業運営に支障が出る可能性が高まります。加えて、長期的な物価の上昇(インフレ)に対応できるような元本の膨らみも、長期的な資産価値の保全という意味では必要となってきます。日本国内のインフレ率の低さの一方で、サプライチェーンの多くが海外を経由している今、物品や資材の調達には確実にインフレの波が押し寄せています。この意味においては、一億円で購入し、何年後何十年後に一億円で返ってくるといった元本保証では不十分と言えます。資産の「価格」ではなく、「価値」を維持する視点が重要となってくるのです。
価格変動リスクの管理
公益法人にとっての適切な運用目標の三つめは、価格変動リスクの管理が挙げられます。公益法人として、運用資産の価格変動は、常識的・合理的に説明可能な範疇で管理がなされるべきでしょう。保有資産がどの程度の価格変動(=リスク)をし得るのかを把握できない運用は、どこかのタイミングで行き詰まることが容易に想像できます。いくら先に述べたような安定的なインカム収益や元本保全のニーズがあるからと言って、リターンに見合わない、無茶なリスクテイクが行われることは避けなくてはなりません。
参考①:『駒澤大学、運用損失約170億円の賠償請求について考える(1) ~適合性の原則と金融取引業者の瑕疵責任~』
参考②:『駒澤大学、運用損失約170億円の賠償請求について考える(2) ~学校側の運用者責任 “公金”の素人運用が許されなくなる日~』
高度な知識とスキルを持ち合わせた専門家でない人でも説明・理解が可能な言葉とロジックで、どのように価格変動リスクが管理されているのかについて、安定収益と元本保全を満たしながら示すことができる必要があります。慎重になりすぎることなく、適切なリスクテイク・管理を行う中で、安定的な収益と長期的な元本の保全を図らなくてはならないのです。
法人組織内における運用管理についての情報共有
公益法人としての適切な運用目標の最後は、法人組織内における運用管理についての情報共有だと言えるでしょう。前回のコラム『基礎シリーズ 資産運用と投資アドバイスの「いろは」(6)公益法人の運用ガバナンスとアクティブ運用・パッシブ運用 ~なぜ、未来は誰にもわからないという前提に立つのか~』でも詳しく扱いましたが、ガバナンスという観点から見た場合、法人の資産運用においては、特に一貫性が求められます。
参考③:『基礎シリーズ 資産運用と投資アドバイスの「いろは」(6)公益法人の運用ガバナンスとアクティブ運用・パッシブ運用 ~なぜ、未来は誰にもわからないという前提に立つのか~』
そうした立場上、公益法人内では、運用の内容・管理についての情報共有がなされている必要があるのです。運用内容・管理の透明化がなされるということは、すなわち、運用内容・管理手法を、属人化しない形で示すことができるということを意味します。常識的・合理的な運用内容・手法と、それらを示す文章と数字による表現が困難な運用は、属人化する可能性が高いと考えられます。なぜなら、情報共有の困難な運用は、運用に係る意思決定のブラックボックス化・複雑化を招き、運用を担当する当の本人しか、場合によっては当の本人すら、その内容を理解できないような状態に陥る可能性が高いからです。
実際の財団法人や学校法人の中にも、販売会社に勧められた商品を、時の担当者独自の観点から採用し、後々、散々な結果を被ってしまうケースや、運用担当者が変わったタイミングで、前任者の一貫性に乏しい判断基準が生み出した運用状況に困ってしまうケースを目にします。こうした、運用内容・管理についての組織的な情報共有がなされていない状況は、運用において回復不可能なリスクや、後のこうした状況の解消作業において、高いコストを背負う可能性を高めてしまうのです。