2022.08.30
法人資産の運用を考える(46)法人の資産運用を支えるロジック(8)投資家の意思決定の基準(ベンチマーク)としての資産運用の学説・実証研究
ショート連載コラム公益法人協会梅本 洋一
将来は何人にも判らないという大前提の元、
法人や基金の資産運用はリターンを求めつつ同時に
リスクを低減していかなくてはいけないという
意思決定から逃れることはできない。
1952年、米国のハリー・マーコビッツ博士は、
このような投資家の意思決定の定石として、
「投資家は分散を図らねばならないのと同時に期待するリターンを最大化すべきである。
それは正しい理由から道かれた、正しい分散投資でなくてはいけない」
と説いた。
更に、その弟子のウィリアム・シャープ博士は
CAPM(Capital Asset Pricing Model 資本資産評価モデル)という
学術的アイデア、仮説を発表する。
このモデルの行き着く結論は、驚くべき、だが不可避のものであった。
『最適ポートフォリオ=最適な分散投資、最も効率的なポートフォリオ
=最も効率的な分散投資とは、(株式)市場そのものに他ならない。
同等のリスクを持つ他のどんなポートフォリオもこれより高い期待リターンは持ちえない。
また、同等の期待リターンを持つ他のどんなポートフォリオもこれよりリスクが低くなり得ない。
そして、もしも(株式)市場そのものが最も効率的なポートフォリオ=分散投資である
というこの仮説が正しいのであるならば、
不必要なリスク(市場全体のリスクより大きなリスク)を取らずに
これに打ち勝つことは誰一人として出来ないことになる。』
つまり、このモデルの行き着いた結論とは、
最適、最も効率的なポートフォリオ=最適、最も効率的な分散投資の姿とは、
金融市場そのものを取得して、売買しないで持ち続けることになる。
市場全体のリスクよりも大きな追加的なリスクを取らずに
市場のパフォーマンスに打ち勝つことは誰一人として出来ないことになる。
そして、その後の数多くの実証研究は、ほぼそれを裏付ける証拠を示しているのである
(殆どのアクティブ運用やオルタナ投資が時間の経過と共にパフォーマンスが劣後してゆくこと。
精鋭のプロ集団と言われるGPIFでさえも、市場を上回る超過収益は達成できていない、
難しいことであることは、彼らの最近の2021年度年次運用報告にも明記されている)。
しかしながら、これらの学説・実証研究は、
なぜ金融市場がプラスのリターンを生み出し続けているのか、
将来もリターンを生み出し続けるのか、
それはどれくらいのリターンが期待できるのか、
などについては何も証明していない。
おそらく、未来永劫、これらを証明できる学者も理論も登場しないだろう。
自然科学と異なり、社会科学である経済学において完全な再現性を
証明するのは不可能だからである。
通説として、金融市場のリターンは経済成長の果実に由来する、
そうでないと経済・金融がひっくり返るからなどという
一般的な解釈にもとづいて運用成果を期待する以外に術はないのである。
ただ、一つだけ確かなことは、これ以外の考え方、
やり方(アクティブ運用やオルタナ投資など)で
資産運用をした場合はこれに比べてどうなのかということを、
理論的、統計的な証拠から、慎重に検討することはできる。
どんなリスクを追加的に負う事になるのか、そのリスクに見合うリターンは得られているのか、
そのアクティブ運用やオルタナ投資を実証・説明できる
一般的な理論やデータは存在するのか存在しないのか、
という事実をちゃんと理解、押さえた上であれば、
最終的な意思決定・選択として、何に投資するかについては、
個々の投資家の判断(能力、覚悟、責任)に委ねられるのである。
つまり、一連の学説・実証研究の成果の本質とは、
投資家に一番優れた投資方法・手段を提供するものでは無い。
それは、投資家に意思決定の基準(ベンチマーク)を提供したことなのである。