2023.12.14
学校法人の資産運用を考える42 学校法人の制約条件に合致する運用とは①
学校法人の資産運用を考える粟津 久乃
資産運用を検討するとき、学校法人それぞれが持つ前提条件(運用目的や制約条件)の中で、合致した土台となる運用手法を考えることが重要となります。
前提条件となる運用目的(利回り水準やリスク許容度、理事会メンバーの意見)は各学校法人それぞれになってきます。
一方で、学校法人の基本的な制約条件は多くが共通しています。
今回は、学校法人の制約条件に触れながら、合致する運用方法について考えていきたいと思います。
目次
◆公益法人の資産運用における制約とは何か
公益法人の持つ独特な制約条件を考えてみましょう。
制約条件を考えると、現在も多くの学校法人が大部分の資産を預貯金や債券で保有している理由もみえてきます。
1.会計・決算上の制約条件
学校法人は会計制度上、取得原価主義であり、資産の評価は取得価格で行います。
そのため、通常、決算書類には、資産運用を行う金融商品の価格は簿価で計上され、トータルの損益が注記に記載されるだけです。
しかし、会計・決算には、利子配当収入、売買損益、取り崩し支出について反映する必要があります。
この会計・決算に関しては理事会及び関係者に説明責任が伴います。
理事会において、売買損失や取り崩し支出、評価損の計上などは、どの運用担当者でも避けたいでしょう。
こうした制約条件の下では、運用担当者、理事、監事、全員ができれば安定した債券の利子配当収入のみで運用したいという目標に辿り着きます。
長年、学校法人が債券運用をメインにしてきた理由はこの法人本体の会計・決算に反映されるという制約の下では、債券運用ならば、その制約の下で運用目標を達成する有効な手段だったからでしょう。
債券運用ならば、会計・決算にも完全に一致させて処理・説明が可能です。
利子配当≒計上収益であり、保有額面≒計上資産なのですから。
しかし、単純に日本国債の利回りが2~3%程であり、金利が低下局面の時代ならば債券運用だけでも大丈夫でしたが、ここ1年の国内の金利環境は大きく変化し、国内の長期金利は上昇し債券単価は下落しています。
現状、発行体の格下げ、デフォルト、為替や株式市場の急変などによる仕組み債券の影響、債券単価の大きな下落など、様々な要因で債券投資の本来の意図である、安定した利子配当を犠牲にして、会計・決算に汚点を残すことも出てきているかもしれません
もはや現状の金利環境を考えると、単純に、国内の長期債券の利回りが高くなってきたから、長期債券を買えばいいと言える状況では無いでしょう。
要するに、この現状の環境下において、会計・決算の制約に対して整合的な運用目標、財産の損切や、取り崩しを避けて、保守的な運用内容を保ちつつ、法人運営に必要な安定収益を確保する運用手法を考える必要があります。
2.人員の制約
当たり前ですが、学校法人の担当者の多くは、資産運用のプロではありません。
金融出身者も存在するかもしれませんが、ファンドマネージャークラスの舵取りをするプロの人材が学校法人の運用担当者であることは珍しいでしょう。
たまたま巡ってきた配置で運用担当者になった方もいるでしょう。
預貯金・日本国債で運用できた時代は、預入金融機関や日本国債の信用リスクや発行体リスクについて、運用担当者は注意を払う必要さえありませんでした。
単純に満期管理をして、金融機関から進められる高格付けの債券や預貯金の金利を気にするだけでした。
しかし、今日の運用担当者の責務はかなり変わりました。
変動する信用リスク・発行体リスクは、もちろんのこと、決められた運用目標のために、様々な金融商品を目利きすることになったのです。
1996年から2001年に推進された日本版金融ビックバン以降、商品は高度化し、公益法人によっては、運用担当者が「何を買うか」「いつ買うか」「買った後、どう管理するか」という責任を担わせる業務になりました。
これは金融のファンドマネージャークラスがする作業です。
現状の背景の中で債券運用だけを行っていくと、運用担当者はどうするか?というと
- 目標利回りを下げて、運用から得られる予算額を減らすことにする
- 「当てっこ」でも、少しでも高利回りを得られる債券商品を運用担当者がジャッジをする
- ファンドマネージャー出身者を運用担当者にする
どうでしょうか。①のケースも多いと聞きます。
また②のように無理難題を運用担当者の責任として押し付ける学校法人もあるかもしれません。
③はコスト的に厳しいかもしれません。普通に雇えば2000万円以上のコストがかかる可能性があります。
慈善活動として担当してくださる方がいればよいですが。
このような人員の制約条件から勘案しても、個別債券を選択し続ける運用スタイルでは、資産価値を維持することに無理があるのではないでしょうか。
内部の職員が、通常業務を抱える多忙な中、資産運用業務にも対応しなければなりません。
知識を積み重ね、法人内にノウハウを蓄積できる運用スタイルであり、かつ内部の職員がコントロールできる範囲となる運用スタイルを考える必要があるでしょう。
3.相談する金融機関の背景にあるビジネスモデル
預貯金と国債の相談くらいでしたら運用担当者もジャッジが可能でしょう。
しかし「どの金融商品を買うか」「いつ買うか」「買った後、どのように管理するか」というところまで運用担当者が責任を担うならば、その業務は誰かに相談するのではないでしょうか。
たぶん、出入りする銀行や証券会社の営業マンに相談するのがメインになるでしょう。
ところが、金融ビジネス(銀行・証券会社・コンサル・運用会社など)は投資家が負担するコスト(手数料・管理料)で成り立っているのが事実です。
そのため、金融ビジネス側は往々にして彼らの収益がなるべく多くなるように投資家を誘導するバイアスがかかります。
金融機関の商品を紐解くと、高コスト負担を正当化できるように、シンプルなものより複雑なもの、流動性の高いものから、流動性の低いもの、公で価格競争原理が働くものうより、彼らの独自性・専売制の強いもの、さらに彼らの専門性やリサーチ力をアピールできる商品やスキームに投資家を誘導したがる傾向があります。
しかし、金融の統計によると、高コストの商品やスキームは投資家側の高リターンとは一致しないことがわかっています。
それどころか、高コストは確実に投資家利益を損ない続け、その多くが、長期的にはシンプルで低コストの商品やスキームの運用さえも下回ることが実証研究の結果、たくさん存在するのです。
昨今の金融庁が強く各金融機関に誘導しているフィデュシャリーデューティー(受託者責任)を求めている理由にはこうした背景があります。
もし、受託者責任を全うしてくれる金融機関と取引したいならば
- アドバイザーの質が高く、真に公益法人の立場でのアドバイスをしているか(自社の利益ではなく)
- 投資家が負担するコストが妥当であるか(劣後債、仕組み債のように取引コストがわからないものでない)
- 持続可能性のある、継続できるサービスになっているか
このような形式を考えながら、金融機関と接する必要があるでしょう。
一方、最近は金融商品を売買する手数料ではなく、コンサルフィーだけで成立するコンサルタントに相談する、という方法もあります。
そういった、コンサルを選定する場合は、
・関連会社の商品を推奨されないこと(ここで手数料を稼ごうとされていないこと)
・継続可能な妥当な手数料であること
・コンサルタントが受託者責任を全うできるビジネスモデルであること
などを検討する必要があるでしょう。
では以上のような様々な制約のもと、学校法人にとって無理がなく、本当に整合性のとれた運用とは、どのようなものでしょうか?
次回は考えられる制約条件に合致した運用スタイルは何かを考えていきます。