2011.04.29
「公益法人実務担当者のための資産運用入門」 ~債券運用の本当の難しさ(1)~
『公益法人』資産運用入門梅本 洋一
◆1ドル76円台と電力危機
2011年3月17日朝現在、円/米ドルレートは16年ぶりの76円台を付けている。ニュースは、これを非常にショッキングな話題として、ひっきりなしに取り上げている。 資産運用の世界では「絶対」ということは有り得えない。勿論これは運用だけでなく、私たちの身の回りの事象すべてに当てはまる普遍の真理である。「絶対」ということが無い中で、不測の事態に対処する方法は、不幸にもそういう事態が発生した時のダメージが出来るだけ小さくなるよう事前にプログラムしておくことである。これ以外の上手いリスク回避の方法を小職は知らない。 昨年10月6日、小職の携帯電話が出張先で鳴った。運用担当者からの電話だった。運用担当者:「電力株を買わないかと証券会社から提案があって・・・。どう思います?」
小職:「今度募集になるという東電の公募増資株ですか?」
運用担当者:「配当狙いでどうです?」
小職:「結論的には、お止めになられた方がいいと思います。」
運用担当者:「なぜですか?」
小職:「電力株のリスクがリターンに見合わないと思います。」
運用担当者:「・・・・・・」
小職:「電力株の配当利回りは精々2%強でしょう。預金・債券以外への投資であれば5%~7%の利回りが欲しい。電力会社が成長企業・産業として長期的キャピタルゲインや増配をもたらしてくれる可能性については何とも判断できませんし、一番怖いのは、その企業に何かあれば、投資回収が非常に困難な損失を被るリスクがあります。だとしたら、高々2%のリターンの為に、そんな大きなリスクをとるのは、どう考えてもハイリスク・ローリターンに思えます。」
運用担当者:「そう言うと思いました。でも、一応コンサルタントの意見も参考したくて電話しました。証券会社には断っておきます。」
その後、2011年3月16日現在に至るまで何が起こったかはご存じのとおりである
2010年10月12日 東京電力株式公募価格1843円に決定
2011年2月23日 公募増資後の最高値2197円を記録
2011年3月11日 東北関東大震災発生⇒以降、発電所事故が続く
終値2121円(前日比較 ▼32円)
2011年3月14日 終値1621円(前日比較 ▼500円)
2011年3月15日 終値1221円(前日比較 ▼400円)
2011年3月16日 終値921円(前日比較 ▼300円)
◆信用リスクは本当に怖い
前述の東京電力に起こったことは個別銘柄リスク=信用リスクの顕在化である。大きく値下がりした東京電力株式が今後復元する可能性は無いとは断言できないが、楽観するには程遠い、予断を許さない状態である。ましてや、大幅に下落した東京電力株のナンピン買い(追加購入による取得価額の引き下げなど)はおろか新規投資など全く恐ろしい賭けに思われる。 平たく言えば、個別銘柄リスク=信用リスクとは、それに投資した元本全てを失う、あるいは、(どんなに長い時間、その復元を待っても)大部分を回収できないという資産運用において最も恐ろしいリスクである。であるから、個別銘柄への投資は、それがどんなにリスクが低いと考えられていても、投資家に警告を発せずにはいられないのである。 では、他の電力会社株式にも分けて投資することで十分かといえば、決してそうは思えない。確かに東京電力だけでなく他の電力会社の株式も保有していたとしたら個別銘柄リスク=信用リスクのダメージはある程度少なかったであろう。しかしながら、電力業界という固有の産業のリスクを引き受けることになる。この業界の将来は? 様々な問題・課題をクリアして行けるだろうか? それを踏まえた場合に現在の平均3%ほどの配配当利回りは割に合うのだろうか?◆公益法人の債券運用で気になること
公益法人の資産運用関係者には、これまで述べた東京電力など電力株投資など、自分たち法人の運用とは直接関係のない、突飛な話に思われたかもしれない。確かに、株式を保有する公益法人はほんの一握りであり、関係会社の実質的な安定株主としての政策なケースもあろう。中には、関係会社株式や電力株等であれば投機的な資産運用とは見なされにくい、周りの理解を得やすいという理由から株式を取得しているケースなども、ほんのごく一部なのかもしれない。しかしながら、そのような公益法人でお話しを伺う機会があると、専門家としては、法人諸々の事情を割り引いてみても、財産を偏った個別銘柄リスク=信用リスクに晒す危うさを感ぜずにはいられないのである。 更に、最近の公益法人の債券運用についてもひっかかる点がある。以下は、最近コンサルに着手した法人の担当者と小職のやりとりである。小職:「もっと金融業以外の発行する債券で運用できませんか?」
運用担当者:「内外の公的/民間金融機関の発行債券を減らしたのでは、うちの資産運用に支障が出ます。」
小職:「と、いいますと?」
運用担当者:「金融機関以外の発行債券となると、我々の満期償還にいつでも手当てできるのは国債ぐらいしかありません。それ以外の業種の債券は発行も少なく、とても償還の乗り換えをカバーできません。しかも、金利は非常に低くなるので、相当な長期債購入を前提としないとある程度の利回りが出ないのが現状です。それでも利回りは十分とはいえません。サムライ債、劣後債、仕組債(リパッケージ債を含む)を利用せざるを得ない状況です。そうなると、●●金融公庫のような準公的金融機関、邦銀劣後債、外資系金融機関発行の債券などになってしまうのです。その他には、▲▲モータークレジット、××キャピタルの様なメーカー系クレジット会社やリース会社、内外の保険会社債券も一部ありますが、金融業発行の債券抜きには実質的に運用不可能です。」
小職:「債券運用までしか出来ないという制約なので、せめて、債券発行体の信用リスクや同業種リスク(セクターリスク)を分散し、大きなダメージの芽を摘むことができたら良いと思うのですが・・・」
運用担当者:「債券毎にデフォルトすることは避けたいので発行体を分散することよりも、信用格付けや発行体のブランドネームを参考に、むしろ「安全」と思われる金融機関で固めたいのですが・・・。」
小職:「うーん・・・どうやってリスク管理ができるか考える時間をください。今のやり方を進めると、もし金融危機の様な状況が再来すると怖いです・・・(いざという時は格付け、ブランドネームなんて全く当てにならないし・・・・)。このことを一度、理事長にお話しさせて貰えませんか?」
債券運用では信用リスクに一番神経を使う。なぜなら、債券には必ずその発行体が存在するからだ。不測の事態が発生した時のダメージを出来るだけ小さくて差し上げたい立場からすると、資産が十分分散できない、類似資産に偏ってしまう債券運用の状況には、大きなストレスを感じてしまう。信用リスクは顕在化していないが、間違いなくそこにあるのである。厄介なことに、長い間あるいは最後まで信用リスクが顕在化しないことも多い。投資家はすっかり安心していたり、まさかそんなことは起こらないと油断していたりする。しかしながら、不幸にも顕在化してしまうと、特に債券運用では、売却して逃げることも難しい、取り返しのつかないダメージを被る。それが信用リスクなのである