2011.07.29
「公益法人実務担当者のための資産運用入門」 ~債券運用の本当の難しさ(3)~
『公益法人』資産運用入門梅本 洋一
◆信用リスク、再投資リスク、それに加えて・・・
過去2回のコラムでは、今日の債券運用の難しさについて信用リスク、再投資リスクをテーマに紹介してきた。適度な利回りと円滑な債券運用(満期対応など)を両立させようとすると金融業発行の債券の割合が多くなってしまいがちなこと、長期国債を敬遠して短中期社債で比較的高利回りを追求しようとすると満期・償還という再投資機会が頻繁に到来し、かえって運用収益の不安定化を招いていること、などである。
今回はこれらに追加して、仕組債に内包されるデリバティブの取り扱いの難しさについて感じているところをお話ししたい。
◆東京電力のクレジットヘッジ???
先の4月4日、ある法人の運用担当者から小職に次のようなメールが届いた。「・・・・・・当法人では東京電力が入ったFTDを5億円持っています。このリスクを打ち消すため、証券会社から商品提案がありました。また、別の証券会社にも相談し、金額10億円にして4年、元本保証で商品を考えてもらうことにしました。東電の状況が見えないなか、残存4年をヘッジすることについてご意見をいただきたいと思います。」
このFTD5億円とは、某証券会社が発行した5年債である。しかしながら、通常の5年債利率は高くない。そこで、本邦優良企業と目される8社のクレジット(CDS=クレジット・デフォルト・スワップと呼ばれ、参照する企業などの信用度の変化に応じてCDSの価格も変化する)のリスクを追加して引き受ける条件を付加することで、利率3.32%が受け取れるという仕組債の一種であった。したがって、この8社のうち1社でも信用度が悪化すればFTD(仕組債)の価格下落を招き、最悪の場合、元本や利払いに支障をきたすのである。この8社の中の一つに東京電力が含まれていたわけで、この法人がそのようなFTD(仕組債)を購入して1年程が経過した所で例の発電所事故が起きてしまったのである。今回、このFTD(仕組債)の残り4年の残存期間で損失が生じた場合に備え、それを埋め合わせるような仕組みの債券(元本10億円、4年債)を別途購入することについて意見を求められたのである。
しかしながら、損失の埋め合わせができるという元本10億円の4年債とそれを検討している担当者の態度ついて何か釈然としない。そこで、運用担当者に電話をかけ直接確認してみることにした。
小職:「頂いたメールの件ですが、10億円の債券を別途購入すれば、東電がデフォルトした場合には、損失の100%を埋め合わせられるというということですか?」
運用担当:「そうです。」
小職:「では、デフォルトしなかった場合にはどうなるのですか?」
運用担当:「別途購入する10億円の元本は確保され4年後償還されます。」
小職:「つまり、10億円はローリスク(元本確保される)であり、かつハイリターン(デフォルトの際には巨額損失を穴埋めできる利益が生じる)であるということになりますが、もし本当にそうであれば、その商品だけ切り離して、独立して投資を考えても良さそうにきこえます。」
運用担当:「・・・・・・・・」
小職:「常識的に考えて、東電のデフォルトに際して利益が生ずるような取引は保険を掛けていることに等しい訳ですから、デフォルトが無ければ、その保険料に相当する分は掛け捨てになる、つまり、別途債券を購入する10億円について何のコストも支払わないかのように元本保全されると言われるのが信じられないのです。本当に、新規に引き受けるリスクは、東電がデフォルトしないリスク(ハイリターンを生まないリスク)と10億円の償還が確保されないリスク(そのような債券を発行する金融機関の信用リスク)だけなのですか?」
運用担当:「・・・・実は、東電のデフォルトに際して利益が生ずるような取引だけでは、4年後の元本は確保できないと説明を受けています。そこで例えば、野村証券が4年間にデフォルトしないという要素をこの債券に同時に内包することで償還金額を投資金額の100%まで引き上げることが出来るそうです。」
小職:「つまり、既存の債券5億円についての損失可能性(この場合、東電の信用リスク)に備えるために、別の10億円を別のリスク(この場合、野村証券の信用リスク)に追加してさらすということなのですね。そうであれば、このように引き受けるリスクの種類や量を増やして東電のリスクの穴埋めを考えるのでなく、単純に今持っているFTD(仕組債)だけを損切り売却、ロスカットする方が東電リスクの抑制策として優れているのではないかと思います。お持ちになっているFTD(仕組債)の時価(買い取り価格)を証券会社に聞いて、損切り売却も含めた選択肢を部長や理事長までお示しした方が良いと思います。」
4月8日、例の担当者よりその後の顛末についてのメールが届いた。
「懸案のFTDですが昨日売却しました。直前に格下げがあり大変でしたが、単価92.24円で売却し経過利子を含め38百万円のロスがでました。売却・保持・保険(債券10億円の追加購入)で検討しましたが、思いほか高く買い取ってもらえそうなので部長、理事長にも了解を得られました。取り急ぎ、ご報告いたします。」
たまたま単価が高くなかったら、FTD(仕組債)はそのまま保持ということになったかもしれない。いずれにしても、コンサルタントとしては、債券10億円の追加購入が選択されなかったことで本当に良かったと感じている。損失を取り繕う、埋め合わせる、取り返そ
うとするような投資行動は冷静な判断を欠き、引き受けるリスクを複雑化したり、その量を増大させたりしてよりやっかいな状況を招くことも少なくない。このような投資態度からはろくな結果は生まれない。
◆債券運用とデリバティブリスク
一昔前までの債券運用では、信用リスク(発行体リスク)、再投資リスク(金利変動リスク)のみが対処すべき中心的な課題であった。今日では、仕組債が公益法人の債券運用の一部として広く普及している。一般の公債や社債では望むことのできない高利回りの可能性が、仕組債の普及を後押しした最大の理由である。仕組債は、通常の平均的な債券利息を上回る為の条件として、本来その債券とは関連のない資産の動きを参照するデリバティブが内包される商品組成となる。そのデリバティブが参照する資産の種類は先の例のようなクレジット(CDS=信用度の指標)は勿論、外国為替、内外金利、株価、商品、それらを組み合わせたファンド、ヘッジファンドなど多岐にわたる。つまり、デリバティブの参照する資産が目論見通りに動けば高い利息や債券価格の上昇として反映し、目論見が外れた場合は平均的な債券利息を下回り、債券価格の下落に甘んじなければならない。ここで言うデリバティブリスクとは、それが参照する資産の動きについてのリスクを指し、投資家がそれらの動きを予見し、的中させ続けることは困難なことであると覚悟しておいた方が良い。
ある証券会社の営業担当に言わせれば、クレジット(CDS=信用度の指標)、外国為替、株価、他それらの複雑な組合せのリスクまでを投資家に事細かに説明、理解させるのは難しいと言う。仕組債に内包されるデリバティブは、投資家が債券を投資対象とすることを最優先するという実情を逆算して設計される。言い換えれば、債券としての形をなすのであれば、内包されるデリバティブが多少複雑化してしまうこともやむを得ない、そのリスク管理における妥協もやむを得ないと言うのである。
専門家としては、このような仕組債(内包するデリバティブ)のリスク管理は、もはや伝統的な債券のリスク管理の範疇を超えていると言わざるを得ない。しかしながら、資産運用の現場では債券と同じ範疇で整理され、信用格付けや償還までの年限などという表面的なリスク管理しか成されていないという今日の仕組債(内包するデリバティブ)投資の風潮には違和感を禁じ得ないのである