2012.03.30
「公益法人実務担当者のための資産運用入門」 運用リスク管理(1) ~信用付け、残存年限等~
『公益法人』資産運用入門梅本 洋一
目次
◆まずリスク管理ありき
資産運用において、そのリスク管理は最優先課題である。運用収益を得ることよりも重要であると考えた方が良い。リスク管理を疎かにして元(投資元本)が傷んでしまっては、子(利子等)にも大きな影響を及ぼすからである。文字通り元も子も無くなり(減少し)、法人財政・運営にとって大きな痛手となる。例えば、公益法人の資産運用の核(コア)である満期持ち切りスタイルの円建て債券運用では、「約束される利払いが途中で途切れないこと、あるいは、激減してしまわないこと」「約束される償還期日に約束の償還金額が返済されること」が何より重要であり、裏返せば、これを妨げ得る要素が運用リスクといえる(この他に利子や償還金の実質的な目減りを伴うインフレも考慮すべきリスクではあるが、それは別の機会に議論したい)。
しかしながら、“言うは易し、実際に行うは難し”である。円建て債券運用のリスク管理一つとっても、運用実務を司る現場では相当なプレッシャーを感じておられることであろう。なぜなら、「約束される利払いが途中で途切れる、あるいは、激減してしまう」「約束される償還期日に約束の償還金額が返済さない」ことが予め判るのであればそのような債券の取得だけ避ければ良いわけであるが、取得時点においては常に、これらの運用リスクは“隠れて”しまって、目には見えないからである。
◆信用付けに対応した残存年数等によるリスク管理
- ア.格付機関(日本格付研究所、格付け投資情報センター、スタンダード&プアーズ、ムーディーズ、フィッチ)のうち1社以上がAAAに格付けしている債券については、原則として同一の発行体が発行する債券の合計額の上限額を●●億円とし、残存年限は最長30年とする。
- イ.格付機関のうち1社以上がAA格に格付けしている債券ついては、同一の発行体が発行する債券の合計額の上限額を■■億円とし、残存年限は最長20年とする。
- ウ.格付機関のうち1社以上がA格に格付けしている債券ついては、同一の発行体が発行する債券の合計額の上限額を▲▲億円とし、残存年限は最長10年とする。
- エ.前各号の記載に関わらず、日本国債については保有金額および残存年限の制限を設けない。
信用格付けは非常に便利である。目には見えない筈の債券のリスク(信用リスク)をアルファベットの記号で見せてくれる。もしも、格付けサービスが存在しなかったら上記のような一定のルールを示すこともできず、債券運用は担当の「能力」、「勘」や「運」に100%依存するブラックボックスのままであったであろう。
しかしながら、格付けやそれを基にした上記のようなルールによるリスク管理の枠組みは完全ではなく、これのみに依存した運用はかえって危険を招く場合がありうると、あえて指摘したい。あえてと断る理由は、運用担当サイドでは実務体験を通じて、このことに既に薄々気が付いておられると予想されるが、理事会をはじめとする役員サイドの多くはそのような認識が薄いと思われるからである。後段に具体的な問題点を述べるので、それらを材料などにして今後の運用リスク管理のバージョンアップについて、運用担当サイドと役員サイドとで大いに議論していただくことを期待する所である。
◆信用格付けを中軸としたリスク管理の問題点
先述したリスク管理ルールの表すところは、格付けの高い債券ほど「約束される利払いが途中で途切れる、あるいは、激減してしまう」「約束される償還期日に約束の償還金額が返済さない」リスクはより小さい。したがって、債券の格付けが高くなるにしたがって、より長期の、より多額の取得が可能になるということである。理論上は正しいのかもしれないが、実務上は異なるというのは、最近の電力債やノルウェー輸出金融公庫債などの事例をみても明らかである。格付けは時間の経過とともに変わり、時に最高格付けであっても大幅に格下げされることももはや珍しくはない。
ある財務部長がこぼしておられた。「決済の稟議書が部下の担当者から回覧されてくるのですが、おかしな債券と思われなければ、そこに記載されている信用格付けは、私が稟議書に判を押し、役員に説明しにゆく為の事実上の拠り所です。正直、それが名の通っているものであっても、発行体の本当の中身の何たるかについては、私を含め組織の中に判断できる者は誰もいません。最近では、このように取得する債券が安心とは言い切れないことは悟っていますが、格付けは判を押すためのものであると割り切っています。結局それ以上の判断能力をこの法人では持ち合わせていないのですから。」この部長のつぶやきは、多くの公益法人の債券運用とそのリスク管理の実態に一致するのでは無いだろうか。
仮に、先述したリスク管理ルールを杓子定規に適用できるとすれば、A格の10年の社債などは取得できることになる。しかしながら、昨今の難しい経済情勢である。潰せないと言われている金融機関をはじめ今後10年間も信用リスクに晒されないであろうと思われる発行体を見極めるのは至難の業である。運用担当サイドでも「今の情勢では社債を含むA格債なら5年以内に抑えたい」等、現実的な対応にシフトされている法人もあるだろう。
また、先のルールでは、AAA格やAA格であれば、10年超、20年~30年までの債券が取得できることになる。かつての仕組債投資を意識して追加された条件のように思われる。公益法人を含む法人投資家は高格付け債であることには抗いがたい傾向がある。そこで業者もまず、AAA~AA格などで名の通った(あるいは聞こえの良い)発行体の円建て償還債を仕立てる。ただし、このままであれば同等の残存期間の日本国債と利回りはさほど変わらなかった筈である。そこで、為替や金利を参照するデリバティブをこの債券に組み込むことで、いとも簡単に、高格付け、元本保証、しかも高利回りという夢の債券が出来あがったわけである。しかしながら、仕組債の高利回りは容易にゼロ(あるいは激減)に陥ってしまうこと、発行時はピカピカだった信用付けも時間の経過とともに錆び付いてしまうリスクを被ることは決して稀有なケースではなかった。むしろ当初高格付けであったがゆえに、その被害は評価損を含めて甚大になってしまったとは言えないだろうか。
勿論、今日では運用担当サイドも、仮に日本国債を取得したとしてもせいぜい20年程度まで、それ以外の債券ではいくらAAA格といえども超長期の信用リスクを引き受けるなど考えられないなど、殆どがより慎重派に変わってしまったのではないだろうか。
すなわち、「約束される利払いが途中で途切れないこと、あるいは、激減してしまわないこと」「約束される償還期日に約束の償還金額が返済されること」という円建て債運用の本旨に照らして考えた場合に、当初の信用格付けに対応して残存年数や保有限度額を規定する既存のリスク管理ルールだけでは、もはや運用実務に対応できなくなっているということである。ルール大枠は一定のままであってもその運用の詳細(現実のリスク管理)は運用担当サイドに委ねられており、少なくともリーマンショック前後で見ても実務における対応は大きく変わっていることを理事会はじめ役員サイドも良く認識しておかれるべきではないかと思う。
◆信用格付けに絶対の信用を置かないリスク管理
- (1)日本国債以外の円建て債券は取得債券の30%程度以内とする。
- (2)日本国債以外の円建て債券は償還まで5年以内の債券に限る(早期償還は考慮しない)。
- (3)金融業が発行する日本国債以外の円建て債券は取得安全資産の15%程度以内とする。
このルールは、円貨での利払いと償還の確実性の観点から、日本国債か、それ以外の債券かを分けている以外、極端かもしれないが、信用格付けについての詳細の言及はない(その他債券については一律に期間を短くする方が、定まることの無い格付けで規定するよりも信用リスク管理には効果的と考えた)。元(投資元本)が傷まないことを優先したのだからやむを得ないのであるが、確かに、このままの取得比率、年限、業種保有制限では、国債の年限を伸ばす以外では、所謂、利回りの高そうな円建て債券の取得は大幅に限定されることになる。
一方、元(投資元本)が傷むリスクを大きくしても利子収入をより優先したい法人は、これら各制限を緩和すればよいだけである(あるいは簡単な格付け条件も併記して良い)。ただし、その場合、同時に、必要であれば速やかにロスカットを実行できる体制の整備が益々重要性を帯びてくるのである