2015.07.30
「続、公益法人実務担当者のための資産運用入門」 ~今こそ、リーマンショック時の二の轍を踏まない為に(4)~ <資産運用管理のオペレーション、リスク管理の規律を保ち続けるにはどうするか?>
リーマンショック時の二の轍を踏まない為に梅本 洋一
◆ 明示的な資産配分比率を活用したリスク管理とオペレーション
さて、前回コラムでは外債、不動産(REIT)、内外株式で運用しながら安定収益(国債等の債券利息の補完)と最終的な元本保全と達成する為の考え方がテーマであった。世界の債券指数、不動産(REIT)指数、株価指数などに連動するように作られているコストの廉価なETF(上場投資信託)を用いて、大数の法則=確率、統計的に捉えた世界経済を模倣するポートフォリオを保有し続けるという戦略についてのお話を紹介した。引き続き、財団法人Aの事例を紹介してゆきたい。今回のテーマは、このような日本国債等とETF(上場投資信託)などを組み合わせたポートフォリオのオペレーション、リスク管理をどう行っているのか? ということである。
財団A担当者:「リーマンショック時は、保有する仕組債や仕組み預金からの運用収入がゼロあるいは激減しました。また、個別の発行体の信用リスクが高くなって債券価格が暴落し、一部は本当にデフォルトしてしまい、元本さえも回収の見込みが立たなくなりました。それに比べれば、日本国債等とETF(上場投資信託)などを組み合わせたグローバル・ポートフォリオなら、同様の金融危機に遭遇しても、利子配当収入の停止・激減は避けることができます。また、同様の価格下落に見舞われたとしても、それは復元見込みが全く不確かな個別銘柄のそれとは異なります。財団運営・事業遂行にとっては、後者の方がベターな選択であると考えています。」
小職:「とはいえ、ETFなどでグローバルに分散されていても外債、不動産(REIT)、内外株式は価格変動リスクが伴う訳ですから、オペレーションやリスク管理は難しいのではないですか?」
財団A担当者:「そんなに難しいことではありません。そもそも債券利息を補完する利子配当収入を安定的に享受し続けられるようにETFを追加した訳ですから、安定収益さえ出続けていれば多少の価格変動リスク(一時的な上がり下がり)は無視する覚悟でやっています。ただし、外債、不動産(REIT)、内外株式のETF全体への資産配分が多くなるにしたがって、価格変動リスクも当然大きくなります。もし金融危機が起こっても、過大な価格変動には巻き込まれない為にも、配分には一定の上限を設けています。」
小職:「それは、どのようなものですか?」
財団A担当者:「当財団の場合、ETF全体で資産配分比率は最大35%を超えないものとしています。更に、ETFの内訳についても、外債、不動産(REIT)、内外株式それぞれに一定の上限を設けて、各資産が過度に偏らないようあるいは、値上がり等で資産配分比率が過大になった状態を放置しないように注意しています。」
小職:「つまり、各資産の配分比率を決めることで、オペレーションやリスク管理の基準とされておられる?」
財団A担当者:「その通りです。例えば、過去2,3年間で国内不動産(REIT)、米ドル建て外債、日本株式などは大きく資産価格が上昇したり、為替差益が生じたりしました。それらは定めた資産配分比率の上限も上回ってきた為、一部を売却して当該資産の配分比率を引き下げました。売却代金については、定めた資産配分比率を未だ上回っていない資産、海外不動産(REIT)、米ドル以外の外債、外国株式、為替ヘッジ外債などへ資産分散、通貨分散されるよう再投資しました。このような取引も、資産配分比率という明示的な基準に従って行えるので、担当としての負担も少なくて済むので助かります。もしも、配分比率という明示的な基準がなければ、価格変動を伴うETFの取扱いは、もっと主観的、裁量的な判断に基づいたオペレーションになっていたことでしょう。」
小職:「そのような組換えは頻繁に行うのですか?」
財団A担当者:「相当大きな価格上昇(価格変動)が起こらないと、定めた資産配分比率を大きく逸脱することは滅多にありません。組換えは1年に一度あるか無いか程度です。」
小職:「では、その他の時期は、どのようなオペレーションやリスク管理をされているのですか?」
財団A担当者:「実際の資産配分比率を毎月、継続的に集計しながら、定めた資産配分比率から大きく逸脱していないか確認するということを、リスク管理の中心業務として行っています。また、ETFには原則、満期償還というものが無いので、従来の債券運用の部分と異なり、満期償還の都度、再投資にかかる業務が発生しないのも担当者としては助かります。他に抱える業務に時間が割けますから。」
このような日本国債等とETF(上場投資信託)などを組み合わせたポートフォリオでは、資産配分比率を定め、それを基準にしてオペレーション、リスク管理を行うことがとても便利なようである。そもそも資産配分比率という基準は、大よそどの程度の量の価格変動リスクを含めるかを予め明示的に決定することに他ならない。運用開始後、実際の配分比率の推移を観察し続けるということは、リスク量の変化を大体把握するという意味であり、しかも、それは具体的な数字で確認することができるのである。また、リスク量が大幅に変化した場合も、実際の資産配分比率の数字がそのズレを教えてくれる。そして元の資産配分比率(リスク量)へと近づけるには、どの資産をいくら程度減らすべきか、あるいは増やすべきかの数値目安も示してくれるのである。このように、資産配分比率という基準は、誠にシンプルであるにもかかわらず、実際のリスク管理を遂行するに当たって様々なメリットを提供してくれる。更に、資産配分比率に基づいたオペレーション、リスク管理は、法人組織としての運用管理の一貫性を醸成し、属人的な運用判断ミスあるいは不透明な意思決定プロセスに陥ることの回避に繋がり、組織の資産運用ガバナンスの向上にも寄与するものと思われる。
◆ 投資方針書(運用計画書)の作成と資産配分比率の明記
財団A担当者:「各資産への資産配分比率とその上限については、未来永劫に不変というわけではありません。例えば、当初の資産配分では不動産(REIT)といえば、専ら日本の不動産を保有していましたが、近年、海外の不動産(REIT)に投資できる金融商品が登場して以来、日本の比率を減らして海外にも分散するようになりました。日本は地震など自然災害リスクも無視できないので、地理的な分散が不可欠と判断したのです。また、従来は日本国債や政府保証債などの公債を中心に再投資してきましたが、近ごろでは日本国債の代替として為替ヘッジ外債(海外の投資適格外債に為替ヘッジを付けたもの)にも資産配分するようにもなりました。円建て債券の利回りがいよいよゼロに近づいてしまいましたが、かといって価格変動の大きな外債、不動産(REIT)、内外株式などへの配分比率はいたずらに増やしたくはない。そこで、比較的小さな価格変動と考えられる資産の中から消去法で残ったのが為替ヘッジ外債だった訳です。更に、為替ヘッジ外債の利払いと元本の価値の主な源泉が海外の投資適格の発行体であることは、中長期的な本邦財政リスク、本邦発行体の信用リスクの分散にも寄与するものと考えています。このように、経済環境、運用環境、財団の経営環境などの変化に応じて、資産配分比率も少しずつ見直ししているのです。」
小職:「どれぐらいの頻度で見直しするものなのですか?」
財団A担当者:「資産配分比率の変更という意味では、年に1度有るか、無いかというところでしょう。しかしながら、前年の後半ぐらいから次年度の資産配分比率を含む投資方針書(運用計画書)の策定、審議、承認の過程を必ず経ることになっているので、少なくとも1年に1回は変更の有る無しに関わらず検証されるかたちになっています。まず、事務局が素案を作成し、それを運用委員会で審議して、最終的に理事会で報告、承認を受けるというものです。」
小職:「投資方針書(運用計画書)の素案には、次年度の資産配分と資産配分比率も明記されている訳ですか?」
財団A担当者:「その通りです。従って年度の資産運用は、①承認された大枠の資産配分比率に近づけるような再投資や組換えを粛々と行うこと、②定められた資産配分比率に対して大幅なズレが生じていないか、実際の資産配分比率を淡々とチェックを続けること、③必要であれば、定められた資産配分比率に近づける組み替えを再び実行すること、の3点に集約されることになります。」
日本国債等と価格変動を伴う外債、不動産(REIT)、内外株式のETF(上場投資信託)などを含むグローバル・ポートフォリオのリスク管理、一連のオペレーションはもっと厄介なものを想像されていた読者もおられるのではないだろうか。資産配分比率を基準としたリスク管理、一連のオペレーションは驚くほどシンプルなものである。しかしながら、全く理にかなっているようにも思えないだろうか。そもそも、市場価格は誰も予測、コントロールできないが、資産配分比率は誰でもコントロールできるのだから(どれだけ多くの種類に分散するかということも含めて)。また、資産配分比率を基準としたリスク管理、一連のオペレーションは、資産運用業務に一つの明確かつ合理的な指針を提供し、組織の資産運用についての意思決定プロセス、ガバナンスも飛躍をもたらす可能性を感じている。
少なくとも財団AにおけるETFを組入れた運用では、(民間)信用リスクや価格変動リスクについて、殆どオープンにした状態で取り組まれているのである。つまり、個別債券の(民間)信用リスクや、仕組債の参照為替や参照株価の価格変動見通しなどについて、現場限りで情報収集・分析・評価・判断せざるを得ないような運用管理はもはや存在しないようである。
以上