2015.09.30
「続、公益法人実務担当者のための資産運用入門」 ~今こそ、リーマンショック時の二の轍を踏まない為に(5)~ <行き詰まる債券運用 保守的な資産運用を保ち続けるにはどうするか?>
リーマンショック時の二の轍を踏まない為に梅本 洋一
目次
◆債券と公益法人の資産運用
前回コラムは、日本国債等とETF(上場投資信託)などを組み合わせたポートフォリオのオペレーション、リスク管理をどう行っているのか? ということであった。概ねの資産配分比率を定めたシンプルなリスク管理、シンプルなオペレーションは、資産運用業務に一つの明確かつ合理的な指針を提供し、組織の資産運用についての意思決定プロセス、ガバナンスも飛躍をもたらす可能性について紹介した。
今回は、公益法人の保守的な資産運用の今後の在り方について、少し掘り下げて考察してみたい。すなわち、公益法人の資産運用の殆どを占める債券運用について、今後どのように考えてゆけば良いかということである。
そもそも公益法人にとって、債券運用のメリットとは何であろう。それは、一般的に債券は安定した利子収入が見込める、円で投資元本の償還が約束される(少なくとも名目的な額面金額。発行体の信用リスク、デフォルトリスクが顕在化しない限りにおいて)。受取利息を運用収入、投資元本を満期保有目的債券(=簿価あるいは額面)という会計区分に一致させて記帳、認識することができ、管理がし易いことであろう。
このようなメリットを間違いなく享受することを意図するならば、運用収入の不確実性や投資元本の信用リスク、デフォルトリスクがそもそも内在する仕組債や社債・劣後債は避け、日本国債等(日本国債、政府保証債、財投債、その他公債)で組み立てることが合理的な債券運用の姿であると言える。このことを示す事例については過去のコラムで紹介した通りである。
しかしながら、未来永劫、本当にそれだけで良いのだろうか。何かリスクを見落とすことにはならないだろうか。
◆行き詰まる債券運用
第一に、既に多くの公益法人が認識している通り、日本国債等による債券運用だけでは収益確保が困難になっている。2015年8月現在、1%程度の運用収益を得るのにさえ、残存20年近い日本国債等を取得しなければならない。そもそも年1%程度の運用収益(キャシュフロー)では公益事業が安定遂行できない。あるいは、仮に年1%程度でも十分な法人があったとしても、それを得るために必要な20年という年限には不安を覚えてしまう状況である。
第二に、日本国債等の債券運用の信用リスクについても、今後は以前にも増して注意を払うべき状況になってきているのではないかということである。つまり、利払いと償還の確実性という意味で最も信頼性の高いとされる日本国債等でさえ、全般の信頼を置いて債券運用を続けて大丈夫なのか、また、その他本邦発行体の社債などに偏った債券運用で大丈夫なのか、今一度、再考すべき時期なのではないだろうか。
◆本邦信用リスクと債券運用
財務省の2015年8月10日発表によれば、国債と借入金、政府短期証券の現在高が2015年6月末時点で1057兆2235億円と、過去最大になり、同3月末からは3兆8663億円増えたという。
一方、同6月末、政府は財政健全化計画の柱となる「経済財政運営と改革の基本方針2015(副題:「経済再生なくして財政健全化なし」」(骨太方針)を閣議決定し、今後この骨太方針に基づき財政健全化の具体策を詰めていくことになった。既に、多くのメディアでも指摘されているように、この方針の前提条件は、以下の通りである。
① 国債による資金調達、利払い、償還費用などを除く基礎的収支の赤字削減がテーマ
・目論見通りの経済成長⇒税収増であっても、債務残高自体を減らすものでない。
・しかも、当面の間、国債利回りは現在の低い状態が維持されるという前提
② 税収増の前提となる経済成長率は、3%あるいは2%と非常に高い。
すなわち、
- (1)2~3%の高い成長以外に道は無い(税収増=2~3%の経済成長率は、今後の突発的な国内外の経済ショックあるいは循環的な景気後退の如何に関わらず必達である。)
- (2)低金利が維持する以外に道は無い(日銀などが金利を低く抑え込みつづけることも必須である。一方、既に年間80兆円、数年で発行残高の殆どを買い入れてしまう規模とスピードで量的緩和を実施しているが。)
- (3)今後の計画の進捗は3年後、5年後時点で検証、評価される(2018年時点、20年時点で掲げている目標数値に対して、進捗実績が内外から評価されることになる。)
という、間違いが許されない状況に追い込まれてしまったのではないかと危惧されるのである。
万が一、間違った場合にはどうなるか? それは誰にもわからない。今まで経験したことの無い未知の状況といえよう。通貨円の信用失墜が起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。その信用失墜のかたちは円安か、債券価格の下落か、インフレか、その全てかもしれないし、そのいずれでも無いかもしれない。更に、そのような状況に陥った時、本邦金融機関が発行する社債、劣後債やその他の民間社債などがどのような影響を受けるのかは全く予測不可能といえる。
このような理由から、日本国債を含む本邦発行体の債券で固めてしまう運用は、政府の政策と同じ船に乗ってしまうようで、3年後、5年後あるいはそれ以降について、少し怖いのである。
◆債券運用の分散と留意点
シンプルに、日本国債やその他本邦発行体の債券以外にも一部の資産を予め分散(収益や元本回収の源泉を分散)しておくというのが、最も賢明かつ現実的な戦略ではないだろうか。次にいくつかの留意点について述べたい。
まず、劣後債は自制された方が良いのではないかと思う。特に本邦金融機関発行の劣後債は今後起債が増えるとの報道もあるが、これらの発行体は本邦信用リスクの影響を少なからず受ける可能性は高いのではないかと思う。
また、仕組債は発行体の如何に関わらず避けるのが賢明である。仕組債が参照している為替、株価、金利、クレジットなどが想定外の変動をした場合に、クーポン収入自体が大きく変わること自体、安定収益を志向する公益法人の資産運用にはそもそも適合していないと考える。また、価格変動リスクは債券とは思えない程大きく、かつ、流動性に乏しいという弱点を抱える。
外債や内外不動産(REIT)、内外株式については、ETF(上場投資信託)などを通じて、銘柄分散、通貨分散、地理的な分散を担保しながら取得、保有する場合、安定収益や中長期的な元本保全という意味では相応に理にかなった方法であろう(これらを個別銘柄で取得することは決してお勧めしない)。しかしながら、保有割合が増えるにつれて全体の価格変動は大きくなるので注意したい。
◆為替ヘッジ付き外債
従来の債券運用を代替し、比較的小さな価格変動で安定収益を期待できる資産として注目される一例が為替ヘッジ付き外債であろう。平たく解説すると次のようになる。
通常の外債投資には為替変動が伴う。それは年間20%以上の変動率を示すことも珍しくない。故に外債投資は価格変動の大きいと認識するのが普通である。しかしながら、この為替変動の部分をヘッジ(先物やオプションを利用)して、為替による価格変動を回避しながらの外債投資を目指すのが、為替ヘッジ付き外債である(勿論、金利の上げ下げに伴う債券価格の変動は残ることになるが、それは日本の発行体も外国の発行体も同様である)。
従来の債券運用の代替と考えるのであれば、格付けの高い外国の国債や投資適格社債に限定して投資対象とするのか望ましい(為替ヘッジ付き外債のなかには、本邦金融機関や本邦その他発行体の外貨建て債券を為替ヘッジしたものも一部で人気のようであるが、収益や元本回収の源泉を本邦以外へとリスク分散する方が望ましい)。
このような為替ヘッジ付き外債は、投資信託やその他信託を通じて利用することになろう(個別の外債に為替ヘッジを付けることは、一般に組成が難しく、その後の管理も困難で
ある)。そして、あくまで債券運用の代替、リスク分散の一つと考え、過大な運用収益は期待してはいけない(2015年8月現在、ヘッジ外債の分配実績は概ね年2%前後~3%前後ではあるが、金利低下や為替ヘッジに係るコスト上昇などの要因により、将来的には20年日本国債利回りぐらいまで低下しても狼狽しない覚悟も必要であろう)。
為替ヘッジ付き外債についての以上のスタンスを許容できる公益法人にとっては、価格変動リスクを抑えて保守的に、従来の債券運用の一部をリスク分散、代替できる戦略の一つとなるのではないかと思う。
以上