2021.06.12
学校法人の資産運用を考える(16) 学校法人のメリットを活かした資金運用とは②~長期投資に向いている実態~
学校法人の資産運用を考える粟津 久乃
今回のコラムでは、学校法人のメリットを活かした実際の投資手法にも触れていきましょう。
目次
◆前回の纏め
前回は、資産運用するにあたって、学校法人の形態のメリットについて触れました。
ここで再度、4点のメリットのポイントを纏めましょう。
リスク許容度
私学事業団のアンケート結果から、長期に使わない可能性の高い資金を大量に保有している学校法人が多いことがわかりました。
長期で使わない資金は、大きな価格変動を受け入れられることも可能であることから、リスク許容度が高いという実態がわかります。
リスクとリターンは兼ね合いであることを考えると、学校法人はリスク許容度が高い分、高いリターンを得られる可能性があります。
会計
学校法人の会計は簿価会計であるため、財務諸表へ与える影響が少なく、期を超えて、運用している資金を長期的に保有しやすいといえます。
財務的な利害関係者
上場企業などと比較して、学校法人は即座に運営に影響を及ぼす関係者が少ないと考えられるので、長期に渡り運用を継続しやすいです。
課税制度
資産運用の利益に関しては非課税であります。
では上記①~④を踏まえて運用するならば、どういう運用形式が良いでしょうか。
①~④のメリットを端的に纏めると
・資金の性質はリスク許容度高い運用ができる
・期を超えて、長期で運用が可能
・非課税で運用できるので、利子配当を積み上げやすい
この前提において、どういった運用スタイルが適しているでしょうか。
リスク許容度が高いのならば、全て日本国債で運用することは低いリスクしか取らず、リターンが得られない機会損失になってしまうでしょう。
でも単純にリスク許容度が高いからといって、無意味にリスクを取って、仕組債や格付けの低いリスク性の高いものばかりを購入するのとも違います。
では具体的に考えていきましょう。
◆避けるべき「リスク」と取るべき「リスク」とは
メリットの一つ、リスク許容度が高い運用について考えていきましょう。
ここで重要なのは、リスク許容度が高いならば、
どういうリスクを
どのように取ることか
を理解することです。
投資において「リスク」というものには、取るべき「リスク」と避けるべき「リスク」があるといわれます。
これは、イエール大学の運用で著名なデイビット・スウェンソンも語っており、報われないリスクは避けるべきだと語っていますが、この取るべき「リスク」と避けるべき「リスク」の差というのは何でしょう。
避けるべき「リスク」としては、例えば
仕組債運用の結果、元本が半減してしまって、価格が戻ることがない
個別債券運用していたら、デフォルトしてしまった、
上記のような話を未だに聞くことがありますが、
資産が毀損する「リスク」を避けるべきリスクであると考えます。
つまり、避けるべき「リスク」とは個別の銘柄のリスクに掛けることから生まれる、元本を毀損するリスクです。
金融のプロでさえも、投資の選択ミスで損失を出すニュースを聞くことがあると思いますが、
学校法人の担当者が、個別銘柄が毀損するか、毀損しないかのリスクを選択する(掛けるような)投資手法は避けるべきだといわれています。
では取るべき「リスク」とは何でしょうか?
それは価格が上下に動く、「価格変動リスク」といわれます。
今回のコロナでも大きな下落がありましたが、この価格の動きのリスクが取るべき「リスク」になるのです。
ただ、この「価格変動リスク」を取る上では前提があります。
それは、どのように「リスク」を取るか、ということです。
前述したように、個別銘柄に賭けてはいけない、という前提があります。
個別に賭けない投資となると、取れる「価格変動リスク」はマーケット全体を保有する、全世界の市場全体に分散投資をする運用においての「価格が上下に動くリスク」となります。
この点は非常に重要なポイントです。
こうした、全世界の市場是体に分散投資する際の価格変動は一時的なものであり、マーケット全体が大暴落したとしても、平均回帰といわれるように、価格は戻ってくるといわれます。
全世界の市場全体に投資を行っていれば、勿論、数銘柄の毀損が起きるでしょう。
しかし、何万銘柄に分けられた投資においては、そうした現象は些細なことであり、市場全体が大きく価格変動をしても、再び、価格が戻る作用(平均回帰)を得ることで、価格変動リスクを受け入れた見返りのリターンを得られるのです。
リスク許容度が高いメリットを活かすならば、こうした価格変動リスクを受入れ、その代わり得られるリターンを得るべきでしょう。
当たり前ですが、リスクとリターンは表裏一体です。
投資においては、「フリーランチ」は無い、と言われます。
リスクを取らずに、タダでリターン(ランチ)は得られない、この格言は普遍です。
この実態をよく理解し、
取るべきリスクを見極めることは非常に重要です。
そして、リスクの実態を理解できれば、全世界市場への分散投資を行うことが前提になってきます。
この前提は外せません。
さらに全世界市場への分散投資は、長期投資のできる学校法人に向いているものであると考えられる要因があります。
◆長期投資の効果
学校法人にとって、長期で投資が可能なことは、資金性格(すぐに使わない)・会計処理(簿価会計)からもわかりました。
では、更に、この長期投資に向いているメリットを活かしましょう。
まず、長期で学校法人が保有しやすい点としては、全世界のあらゆる市場への世界分散をしておくことにより価格変動を抑制することもできるからです。
学校法人によっては、価格変動が受け入れられるといっても、全ての資産が値下がりしたら、説明責任上、受け入れられないという意見もあるでしょう。
しかし、全世界の市場への分散投資を行うことは、大きな下落局面では、価格変動を少しでも抑制することが出来る可能性があるのです。
コロナでも、リーマンショックでも、株や債券が大幅に下がったとき、米国の国債が上昇するなど、資産全体として、上がるもの・下がるものが生まれ、資産全体の価格変動幅を抑えることもできました。
また、長期に投資することは、さらに分配金を積み上げることが出来ます。
それも非課税で積み上げることができるのです。
リスクを取って、3%のインカムを積み上げるのは、大した金額ではないしリスクに見合わない、と感じる人もいるかもしれません。
しかし本当にそうでしょうか。
3%のインカムも積み上げれば10年で元金の30%に相当します。
20年で元金の60%に相当するインカムを積み上げられるのです。
この長期投資のメリットは、使わない資金を眠らせている学校法人が享受すべき点であるでしょう。
◆具体的な投資手法
リスク許容度が高いメリットを活かして、世界的な分散投資を長期的に行うことを考えていくことが学校法人にとって、良いことはわかってきました。
ここからは、更に詳しく、全世界に分散投資を行うというのはどういう形式があるかを具体的に考えていきましょう。
まずは一旦、投資の世界の基本的な部分を考えます。
「全ての卵を一つのかごに入れてはいけない」という投資の格言は何度も耳にしているかもしれません。
もう、こんな当たり前のことは理解している、と思われるかもしれませんが、今一度、この言葉を考えてみましょう。
この格言は、一つのかごに全ての卵をいれてしまうと、かごを落としたときに全ての卵が割れてしまうから、かごは別けましょう、ということです。
大昔、この考え方から、商業用の船は分散して出発していました。
分散することの大切さを説いたものですが、投資においても、分散投資の重要性はノーベル経済学賞を取るほど重要です。
米国人の経済学者、ハリー・マーコウィッツは分散投資の有効性を分析し、複数の銘柄に分散投資することを(ポートフォリオを組む)により、ポートフォリオのリスクとリターンを分析した「ポートフォリオ理論」を提唱し、ノーベル経済学賞を取っています。
このノーベル経済学賞を取った考え方は、内容は非常に高度な理論でありますが、では具体的にはどうすればよいのか、というのは非常にシンプルです。
「全ての投資家は世界全体の株式や債券等あらゆる資産で構成されたポートフォリオの時価総額と同じ比率で各資産を保有すればよい」というシンプルなことだからです。
この世界中の資産を時価総額と同じ比率で保有することは大昔ならば現実にすることは難しいものでしたが、今や簡単にマーケット全体のポートフォリオを組むことができ、リターンを近似的に得られるようになりました。それがインデックス運用と呼ばれる手法です。
資産運用で個別銘柄の選択をしたり、ましてや仕組債を考えたり、特別なことをするのではなく、学校法人だからこそ、長期でポートフォリオを維持することが可能なのですから、学術的な裏付けのある資産運用形態から、スタートすることが、組織としての理解も得られやすいのではないでしょうか。
この集中投資をしないこと(分散すること)、ポートフォリオ運用をすること、という重要性は、文科省の通達でも書かれています。
⇒当該コラムの最後にリンクあり
以上のことを勘案しても、このインデックスによるポートフォリオ運用を行うことは、学校法人にとって、取り入れやすい運用手法であると考えられます。
◆年間収益(インカム)を安定させる
この世界市場全体の平均利回りが享受できるようなポートフォリオ運用ですが、学校法人にとっては、長期的なインカムの安定を実現しやすい点も組織としての理解も得やすくスタートしやすいでしょう。
学校法人にとっては、資産運用をするための大きな目的の一つは、毎年安定的にインカム(利金・分配金・配当など)を受け取るためではないでしょうか。
昔、受け取れていたある程度の年間収益を再び実現させることは、学校法人それぞれが行いたいと感じることでしょう。
毎年入るインカムが安定し、それが長期に渡り継続できるならば、学校法人のさらなる研究や設備投資など、戦略的に計画することができます。
世界市場全体に投資を行うことは、市場平均の利回りを享受することになりますので、様々な投資環境の変化の中で、比較的、長期で安定的な収益を得られることにも繋がります。
ただ、例えば商品まで説明をするならば、投資信託では学校法人のメリットを活かしきれないでしょう。
殆どの投資信託は実際の中身の利金・配当よりも、大きな分配金を出しております。
特別配当と呼ばれる、元本を切り崩す分配金も散見されます。
特別配当は、学校法人にとって、会計処理上、利金収入とみなされません。
学校法人にとっては、長期で安定した期間収益を得る必要がありますので、会計上、インカムと見なされない可能性のある商品はそぐわないのです。
しかし、例えばETFの場合はどうでしょう。
実態の配当のみが分配され、会計処理上、学校法人の収益としてカウントすることができます。
その上、指数連動型のインデックス運用に使うETFは、資産が指数に連動するので、その時々の市場と同じ割合を維持するため、保有するだけで、その時点の全世界のマーケットに投資が可能です。
また、ETFならば上場しており、非常に価格の透明性が高く、さらに、流動性が高いことにも挙げられます。
ETFには償還はありませんし、長期に投資を継続しやすいでしょう。
学校法人は会計処理が、簿価会計が基本であり、ポートフォリオを組んでいた場合は、合計の損益が財務諸表の注記に記載されるだけですので、財務諸表への影響も少なくなり、投資環境の変化の中でも継続しやすくなります。
一次的な価格変動を受け入れる(価格変動のリスクを取る)ことで、年間インカム(リターン)を毎期得て、期を超えて長期で運用することで、メリットさらに活かせるでしょう。
◆学校法人の意思決定に適している理由
このコラムでは、如何に資産運用の手法が学校法人に適しており、如何にそれぞれの学校法人において取り入れやすいか、を説明してきました。
しかし、これらが理解できたとしても、実際、組織が実行するまでの過程は簡単にはいかないと考える学校法人が多いでしょう。
過去の経験、様々な情報、そして人柄、沢山の思考が交差する中で、学校法人の資産運用についての方向性を纏め上げることは、非常に困難な責任を伴う重い「意思決定」が必要となります。
長年、資産運用のアドバイスを続ける中で、資産運用の形式自体は勿論ですが、合意に至るまでの過程をどう推進していくか、また乗り出した船をどうコントロールし、長期に継続していくかが非常に重要であると常々感じます。
運用担当者が理解し、学校法人の長期的な収益を勘案し、組織全体に適した形式に仕上げ、理事会へ合意し、メンバーが変わっても、継続できる体制づくりをする、この過程に間には、沢山の意思決定が存在します。
こうした意思決定の中で、重要なことは不特定多数の人が存在しても、思考に偏りがなく、シンプルで規律のある管理が行える手法が必要となることです。
シンプルで規律のあるルールは、合意しやすく、継続しやすいものです。
その観点で投資手法を考えると、インデックスによるポートフォリオ運用は圧倒的に優れています。
ダニエル・カーネマンというノーベル経済学賞の受賞者も、運用する上では、意思決定を考えると、インデックス運用が優れている結果となる、と語っています。
この方は行動ファイナンスの分野で有名な先生であり、人の心理というものに長けています。
人の気持ちが反映される投資への意思決定においては、少しでも恣意的要素が減り、継続しやすいルールであるインデックスによるポートフォリオ運用が支持されているのです。
学校法人の組織という中での投資への意思決定には、人の心理が大きく影響しているでしょう。
人の心理が、学校法人の投資の判断を誤らせることはないでしょうか。
ダニエル・カールマンは、
『人間が判断を誤るのはさまざまな認知バイアスや経験則に歪められているためである』
とまで言い切っています。
この判断を誤らないためには、ポートフォリオ管理を行なう運用手法で、決められたルールに従っていく運用のみが消去法的に残るのでしょう。
そうすれば、組織としても継続しやすく、担当者が変わっても、こうしたルールは続けていくことができるでしょう。
◆最後に
インデックスによるポートフォリオ運用は、前提も学術的にも非常に説明しやすく、理解されやすいものです。
このコラムで提示した学校法人のメリットも最大限活かすこともできます。
これらの要素を本当に理解されたならば、学校法人が資産運用を検討し採用し継続する意思決定の連続の中では、シンプルに取り入れやすいでしょう。
コラム①の最初に75万人の出生者数が大学に進学するのは18年後、と語りましたが、
長期運用に適した当該ポートフォリオ運用は、時間を味方につけて、継続することで効果が高まります。
今は資金に余裕があるから、問題ないと考える学校法人についても今一度考えてみてください。
18年後、更にその先の学校法人の将来を考えるならば、少しでも早く、ただ置いてある資産をどうするか、考え始める時期であるかもしれません。
参考リンク